住職 : 釈 妙円(しゃく みょうえん)



尼僧への道


真の健康・幸福とは? 

 

を探し求め

 

仏法にたどり着きました。


* 奇跡的な生還


 

欧州モンブラン山の海抜3,800m地点から 

3,000m地点まで墜落し、
奇跡的に救けられました。(24歳)

 

 

顔、足や背中の痛み等々に後遺症が残り、
後遺症治し 
 から

旅が、始まりました。

 

 


*  後遺症のおかげ


後遺症治療のため訪れた、  

アジア各地(中国、台湾、インド、スリーランカ等) 

欧州の伝欧承医学

 

ホリスティク医学(米国)等を実際に体験し、 

その差異や、共通点などの研究を

自然に始めていました。 

 

はじめは、 

痛みから解放されたいという 

一心からでしたが、


見たことも
聞いたことも、無いような
 

伝承医療を、現地で実際に受け

 

その体験から得たことや、 

生まれつき体が弱く、 

まるで、薬箱をおもちゃ箱にしていた幼児時代を過ごし、 

進学した薬学部で「東洋医学」を学んだことを縁として、

 

それら全部を基盤とした内容で、 

専門誌や新聞社から依頼を受け、 

記事を掲載するようになっていました。

 

 


* 長寿村の調査研究


 

 

後遺症の痛みもよくなってくると、

 

次なる疑問が浮かんできました。

 

  

「人は病院で死ぬことが、自然なのだろうか?」

 

 

「生まれることも、死ぬことも、 

 ごく自然なことで、 

 病院で取り扱うことではないのでは?」 

 

というものでした。

 

 

 

そこで、「生老病死の在り方」を求め、 

 

長寿村として名高い 

ビルカバンバ村(南米エクアドル国)の現地調査、 


山梨県棡原村で
 

長寿者の食生活と環境」を毛髪分析を中心に、 

 

五年にわたり調査研究し、 

医学界の学会にも発表してきました。

 

結論は、 

予測どおり、

 

長寿者は、 

病院では無く、

 

自宅ですっと静かに眠るように 

亡くなっておられました。

  
また、
 

長寿者のお顔には、 

 

泣いた時にできるシワや、 

怒った時にできるシワや、 

苦悩の眉間の立てシワが薄いかったのでした。 

 

笑顔や明るい心の時にできる表情シワの方が、 

比較すると、深かったのです。 

 

生涯の時間、
どのような感情の時間を 

一番長く過ごしてきたのか、

 

それを、 

顔の表情シワが 

如実に語りかけてきます。 

長寿者の笑顔から

自分を顧みて、


「どうしたら、

 あのような笑顔になれるのだろうか?」

と不思議に思え、

こんな質問をしていきました。

「どんな時が楽しいですか?」

 
日本の
棡原村でも、

南米エクアドル国のビルカバンバ村でも

異口同音の答えが返ってきました。

 

それは、

「他人に何かをあげる時」!

もらう時ではありません。

「あげる時」!!!

この言葉に衝撃を受けました。

これは、

仏法でいう「利他」の心のこと。

あげる時だから、

いつでも楽しい心になることができ、
結果、

あのような笑顔になれるのですね。

 

いつも笑顔であった 

長寿者達のお顔は、

僧侶の道を歩むきっかけともなり、
生涯忘れられない「宝」となりました。
 

 

どうしたら、

「あげる時が楽しい!」
と言えるような心になれるのだろうか?

この心が

長寿の秘訣だと思えてきました。

 

 

 

 


* ストレスの根治・<苦>の根本的解決


 

長寿村に移り住む

という方法では無く、 

都市部における生活でも 

長寿になることは不可能なのか?

 

長寿村を都市部でも作れないのか?

 

その疑問を抱きながら、
東京赤坂で会員制の

ライフ・カウンセリングの会を開設しました。 

その目的の達成の為に

当時の私が考え付いたのは、 

 

著名人や大企業経営者など

多くの方々に影響力のある方への

ライフ・カウンセリングでした。

 

ライフ・カウンセリングとは、

病院で行う「病気治し」では無く、 

「最高の自分」を維持する為の ものです。

 

会員制でリーダーのみに絞ったカウセリングには

さらに大きな目的があったのです。

 

大企業のトップや指導者が 

心身共に、自己最高のレベルを常に保つこと

このことに、

いささかとも役立つことでした。 

 

それが広がれば、 

「日本の平安につながる」。

 

私一人が

ひとり、ひとりを 

カウンセリングしていても

日本人全体には

到底及ばない。

影響力のある方が

常に最高の自分であれば、

 

日本全体に及び

より効率がよいはず、

 

などと、 

当時の私は考えていたからです。 

 

例えば、 

会社トップの心身が健康になり、
正しい判断を下せる状態にあることで、

 

社員も関係者も幸福になり、 

企業の業績もよくなるはず。 

 

その結果、 

日本全体がよくなる。

 

当時のこのような私の考え方は、 

非常に短絡的なもので 

未熟なものでしたが、

 

私一人の 小さな力で、 

日本をよくすることに、 

たとえわずかでも役立ちたい、

 

という「目的」は、 

今も変わっていないようです。 

 

その結果は、 

トップ個々のカウンセリングの中で、

 

どんな大きな会社でも、 

 

金持ちでも、 

 

著名人でも、 

 

家族があっても、無くても、

 

誰でもが 

 

「苦しんでいる」

 

という結論でした。

 

リーダーの方々、

全員が

何らかのことで、

苦しんでいたことが判りました。

  

外部からの条件:金銭、名誉、家族、美貌、若さ、等々では 

「苦」を抜くことはできない、 

ことを

<いのち>の心底から実感いたしました。

 

 

そこで、  

「苦 の 根本解決」
「最高の自分」には必要不可欠、
という大難題に
つき当たってしまったのです。
ところが、
自分自身の「苦」さえも
解決できない私でしたから、
 
企業トップへのカウンセリングは、
まさに
「苦しいもの」と変質してしまいました。
そこで、  

苦 の 根本的解決法」を求め、 

 

 さまざまな心身のセラピーを、 

 国内、 米国、欧州、アジア、インドなどに 

体験を重ねていました。 

 

そんな体験の中で、 

次なる求める目的が、 


「真の幸福とは?」 

 へと、変質していきました。 

 

 世界各地の代替医療の体験をまとめた健康法を 

 講演、雑誌や書籍、テレビ番組等で、 

定期的に伝えるようになり、

 

自分の後遺症を治す旅の内容が、 

いつしか仕事にもなっていました。


* 「幸せな人生とは?」


 

各界トップへのカウンセリングが、 

苦しくなって来た頃、

 

運よく、

すっぱりやめる条件を得て、 

九州の水源山間地へと引っ越しました。

 

 


さらに、

真に健康になるには、 

 

単に、 

人体のことばかりを考えていても限界があり、

 

「環境=地球の健康」

必要不可欠なことだと分かりました。

  


この大きな大地を掴み切る、

「大地の健康法」
 

その方法が見つける手がかりとして、 

 

まずは、 

九州の家の近くにある

大学の農学部研究員にもなり、

 

無農薬の田んぼ、麦畑などを 

近所の老夫婦二人の手伝いの基で、 

わずかながら実践しました。

  

水源山間地で生活することで、 

 

地球と、人間は、 

一体の関係で、 

 

他の<いのち>をないがしろにしては、

 

人間も、 

「幸せになれない」ことが、 

身に染みて実感することができました。 

 

 

生きとし生ける一切の<いのち>のおかげで

「幸せな人生」を送ることができると、
 

得心できたのです。

 

 


次々と沸き上がって来る疑問への
 

回答を追い求め、


さまざまな面から
 

「真の健康とは?」を求めた結果、

 

 

「苦の根本解決」

 

大地、空気、水なども含む衣食住、 

 

生きとし生ける全ての<いのち>との関わり方、

 

それらの総合的な結果として得られる

 

  「幸福感」

 

 

 

 

 この「幸福感」が、 

健康の根本である、 

との結論が得られ、

 

すっかり迷いが無くなり、 

確信を得ることができました。 

 

結論を得られてからは、
国内外を探し回ることは

必要なくなり、

 

学ぶ場は、

足元である日本にあると分かりました。



「幸福感」の答えは、
 

 

「釈尊の人間教育学」 

にあることが分かったからです。

 

 

その結論に至るまでは、 

 

「新しい発見」とか、 

「自分がみつけた!」などと、 

我田引水をしていていました。 

 

しかし、 

よくよく調べれば、

 

全て、 

2千年以上前に、

すでに釈尊が言われていたことで、

 

真理は見出されていたことが、
よーく分かったのです。

 

 

 

さんざん世界各地を探し求めた結果、 

足元の日本にある

 

仏法に、

 

「苦の根治」 

 

「幸福感」の回答があると、 

 

<いのち>全体で、 

確信が得られました。

 


* 尼僧への道は、幸福探しの道!


 

しかし、 

仏法とは、 

理論理屈だけでは習得できず、

 

著名な素晴らしい仏法学者にも縁を頂き、 

大学院の聴講もしましたが、 

 

修行 

身に染み込ませることが必須であると、 

 

釈尊の教えに

疑問の回答を得てから、 

10年目に強く感じ、 

 

比叡山で出家得度し法名・妙円を賜り、

(平成4年10月得度)  

比叡山行院修了後、


釈尊の原点に立つ

根本仏法道場・自然宗佛國寺で
禅生活の実践に入りました。


禅生活の実践の中で 

 

 <苦の完治>=<幸せな生活>

 

「真の健康法」の確信が得られ、

モンブラン山での奇跡的に助けられた後、 

 尼僧への道とは、 

 

 まさに 幸福探しの道、でもありました。

得た経験をすべて活かし、

  

・「釈尊と人間教育学」を学ぶ目的――「釈尊とともに歩む」

・ 国土の緑を作る目的――「森のお墓・いのちの森」

・ 健全なる人間社会を作る目的――「禅生活村」

以上の活動に生涯を尽くして参ります。
 

             感謝合掌 釈 妙円 


現 職



 文部科学大臣認証 
 宗教法人 自然宗佛國寺 住持職

 

  (宗)自然宗佛國寺
 公益事業「いのちの学校」校 長

 

 


学 業


 東京理科大学薬学部薬学科   昭和47年卒
 東海大学工学部大学院研究生
 九州東海大学農学部大学院研究員
 その他、大学医学部の研究生を経る。


著 書


得度後の著書 (著者名:高天原妙円)

 

 地球人の作法」総会合法令社      

「恋愛の手ほどき」(共著)佼成出版社

「いのちの作法」潮文社

 

得度前の著書 (著者名:高橋由美子)

 

「みるみる髪が生えてる」祥伝社

「白髪は体の赤信号」主婦の友社

「シミ、シワをとってきれいに若返える」主婦の友社

「漢方食でみるみる素肌が若返る」祥伝社

「若さの秘訣はホットサラダだった」海竜社

「21世紀を生きる漢方食健康法」誠文堂新光社

「食の医学」造型社

「突然死を防ぐ」駿々堂出版

「東洋美容科学」フレグランスジャーナル社

「体においしいにんじん健康法」文化出版局 

「健康食にんじん・ごぼう」(共著)農山漁村文化協会 

「おいしい水健康法」PHP研究所他多数。

 翻訳「病気別漢方食養法」陳懐仁著 自然社



得度前は、テレビ東京のコメンテーターとしてコーナーを担当。

日本テレビ、TBS、フジテレビ、NHK、地方局等への出演、 

雑誌・新聞各誌に多数掲載及び連載、

各百貨店や新聞社のカルチャーセンター、ライオンズクラブ、ロータリークラブ、日本航空、日本生命、三基商事、公の機関等、国内外において講演。

 

 


略 歴


昭和474月 東京都老人総合研究所基礎生化学研究室 研究助手

 

昭和49      自然堂(薬局・鍼灸治療院・健康食品・講演会)創業。

    

昭和55年          ㈱自然美グループ3
  
(健康美容品の製造・卸・販売、漢方薬局・食事相談 ・鍼灸治療院・美容院・

   メンタルヘルス・体操教室、カンセリング室、セミナー等)創業。
                                 
    12年間経営後 売却。

 

昭和62年      各界指導者の会員制健康サロンを創業。
              阿蘇の水源地に居住のため退職。

 

平成410    比叡山で出家得度し法名・妙円を賜り 行院修了後、

釈尊の原点に立つ根本仏法道場・自然宗佛國寺で

禅生活の実践に入る。


平成8年10月 自然宗佛國寺・薬師庵(鹿児島県坊津町)の庵主。    
平成26年9月 自然宗佛國寺:住持職就任