第三話 釈尊とともに歩む(通算No.29)


釈尊とともに歩む


行脚55年―――

一笠一杖の乞食(こつじき)雲水として全国各地を遊行し、

日本の仏教各宗派の門を叩き教えを乞うて感得したことは、

 

「仏法の根本である 仏祖釈尊の原点に帰り、

釈尊の原点に立って、釈尊とともに歩む」 

であった。


煩悩魔軍を打ち破って、

煩悩を除くことが

悟りには違いがないが、

 

ただそれだけでは

十分とはいえないし、

 

また、

悟りが完成したとはいえない―――

それはどういうことか?

 

「第二話」(通算No.28)からのつづき

かわいい台湾の尼僧達と(竹林精舎・インド)



禅定で人生の苦が解消できるか


私は

21日間断食行

(「森の和尚からの手紙」第五話第六話 大死大活)
を行じたが、

 

断食行や
禅定では

人生の苦の問題を解決することは
できないと知った。

 

行としての

21日間断食行で、

何を体験し、

 

何を摑むかは、
人、様々だと思います。



私の場合、

断食行のはじめのうちは、

食欲との戦い、

 

次にくるのが

性欲との戦いでした。

 

そして、

14日から15日目あたりになると、

 

自然にとけこみ
清々しい心境になり、

世俗の諸々の欲望がうすれて行きました。

 

18日目頃から脈搏が時々結滞(けったい)し、
ということが

切実に感じると同時に、

生への強い執着

心を支配しました。

 

この生への執着を乗り越えると―――

 

一時 

深い禅定に没入し、

 

煩悩妄想の流れは(せつ)(だん)され

我見執着を離れた

自由自在の境地

味わうことができました。



ところが、

断食後、

白湯(さゆ)に近いうすい重湯(おもゆ)を口にすると、

 

胃袋にしみわたり

全身がカッとあたたかくなり

食欲が出てくる。

 

次に

体力が回復してくると、

性欲がわき起こってくる。

 

そして、

娑婆世界にもどると

またまた 

煩悩魔軍との(いくさ)がはじまりました。

 

 


 

私は4度の21日間断食行と
長年の坐禅行の体験から、

 

禅定や苦行では

自分の煩悩妄想を
消滅できない

と知りましたが、

 

では、

どうしたらよいか

 

考えに

考えた結果、

 

釈尊が出家後、

歩まれた道筋を、

 

もう一度はじめから 

たずねなおすことにしました。

 

 


釈尊時代の実践修行法


禅定(禅定)=心を一点に集中し、

 雑念を退け、絶対の境地に達するための瞑想

  

 

釈尊時代の実践修行法は、

正統派系の禅定と、

 

非正統派系の苦行

二大別することができる。

 

 

正統派では、

通俗的には

広く祭祀(さいし)祈祷(きとう)が行われていたが、

 

高い立場の修行方法としては、

ウパニシャッド(Upanisad)哲学
(古代インドの一群の哲学書)で、


解脱の方法として説かれた

瑜伽(ゆが)Yogaヨーガ)禅定があった。

 

これは

樹下などに坐り

静かに瞑想して、

 

精神を統一し、

寂静の神秘境に入り

絶対者(ブラフマン)(宇宙絶対原理である人格神)

との合一を実現して、

 

無念無想の状態

に達したりすることである。

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これに反して、

非正統派では

 

肉体を極度に苦しめる

さまざまの苦行や、

 

食物の量を減じたり、

ある期間

まったく食事をとらない

断食を行い、

 

肉体のはたらきを弱めたり

無くしたりすることによって、

精神の自由な活動を得させようとするのである。

 

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このように、

当時の中心的な修行法は、

 

正統派の禅定と、

非正統派の苦行との 

二つに大別できる。

 

 

 


無所有処(むしょうしょ)(じょう)       アーラーラ・カーラーマ


釈尊がアーラーラ・カーラーマ仙人について修行をした地。
(現在のインド・ビハール州ヴァイシャリー)


釈尊は、29歳の時に、

王宮の在家生活を捨てて、

出家求道の旅に出られたが、

 

本格的な修行をするため、

上述の二つの方法を試みられた。

そして、

釈尊

沙門(シラマナ・サマナ)の

宗教活動の一大中心地である

ヴアッジ国の首都ヴァイシャリー
(現在のインド・ビハール州ヴァイシャリー)
を目指された。

 

 

当時、
ヴァイシャリーの郊外に
アシュラム(ヨーガの道場)をもっていた

アーラーラ・カーラーマという仙人がいた。

 

彼は 

「無所有処定」
(何物も所有・執着せず、無一物・無執着の状態となった禅定)
という高い禅定を得ていた。

 

 


 

アーラーラ仙人の教えを

原始仏典『仏本(ぶっほん)行集(ぎょうじつ)(きょう)』(60巻)の

2122の資料から考察すると、

次の5点に要約することができる。

 

・第1――人間は無智のために

 生死流転の苦しみを受けているが、

 正しい修行によって

 この苦しみの世界から

解脱することができる。

 

それによって

智慧に到達することができる。

 

 

・第2――修行の中でも

 とくに中心をなすのは

禅定である。

 

禅定は瞑想し精神統一することであるが、

その精神的体験には

さまざまな段階が区別され、

師の指導と

当人の天分や努力しだいで、

どの程度まで進むことができるか

それぞれの相違がある。

 

アーラーラ自身は

「無所有処定」というところまで

到達していたが、

それはまだ最高の段階ではなかった。

 

 

・第3――この教団でも

 宗教ないし宗教的体験を

 「ダンマ」

 すなわち「法」と名付け、

 主として

 禅定の修行によって

 宗教的理想を

 実現できるものといわれていた。

 

 

・第4――アーラーラ仙人は

 必ずしも

自分で独創的な教義や実践を

発明したものではなくて、

古来いくたりかの仙人が

実践して教授していた

教えにもとづくものと信じていた。

 

 

・第5――当時の多くの教団と同じように、

 アーラーラの修行道場でも

 祭祀(宗教儀礼)も行われていた。

 

 

 

・アーラーラ仙人のアシュラムは

大体このような性格をそなえていた

と思われます。

 

 

 

釈尊は、

後年、

アーラーラ仙人が体得している

無所有処定の境地に

短期間で

彼と同じ境地に到達された

―――と述懐されています。

 

このアーラーラ仙人の下には、

多数の門弟がいましたが、

誰ひとりとして、

その禅定を得た者はいなかった。

 

それが、

今、

この若い釈尊が

自分に劣らない禅定の境地に達したのを見て、

 

アーラーラ仙人は

大いに驚き喜んだ。

 

そして、

自分はもはや年老いているから

弟子たちを

自分に代わって

指導してくれるように懇願した。

 

しかし、

釈尊

この高い禅定を得ても

満足することができなかった。

 

 


成る程、

入定

 

即ち、

心を統一集中した禅定の境(無我の境)に

這入っている間は、

 

心は無念無想となり、

不安や苦悩と離れることができる。

 

ところが、

その禅定から出て
普通の状態に戻ると、

 

そこには

やはり不安や苦悩は依然として存在し、

絶対の心の平安

得られたとはいえない。

 

人生の不安や

老・病・死への恐怖

依然として存在する

 

‐‐‐‐‐ここだ!

 

その瞬間、

私が直面していた

重くて堅い壁の何処かに、

 

たとえわずかながら

穴をうがつことができたように感じた。

 

 

何処がどうというのではないが、

もやもやとして

重苦しかったものの

一角が少し破れて、

 

次の新しい視界

見えてきたことだけは確かであった。

 

 

・この段階で

釈尊はどうされたのか?

 

アーラーラ仙人は

無所有処(むしょうしょ)

(なにものも そこに存在しないと知る 三昧の境地)

の状態になることが目的であって、

それ以上のものではなかった。

 

そこで、

この禅定も

なお理想的なものではなく

 

自分の求めている

真の悟りではないと知り、

 

アーラーラ仙人の所を去り、

さらに高い理想を求めて、

 

ウッダカ・ラーマプッタ仙人の 

ところに行かれた。

 

 

 

 

 

 

 

ヴァイシャーリーに残る、

アショーカ王の石柱と
ストゥーパ(仏塔)。


非想非非想処(ひそうひひそうしょ)(じょう)  ウッダカ・ラーマプッタ


 

釈尊は、

マダカ国の首都ラージャグリハ
(現在のインド・ビハール州ラージギル)
に滞在中、

一人の仙人を訪れた。

 

ウッダカ・ラーマプッタといい、

700人の弟子を有し、

人々から尊敬されていた

禅定の第一人者であった。

 

釈尊は、

ウッダカ仙人に
「あなたは誰を師としましたか」

とたずねました。

 

ウッダカ仙人は

「私はもともと師を持たず、

 自然に悟ったのだ」

と答えた。

 

釈尊

ウッダカ仙人の教えを聞き、

彼に就いて学んだ。

 

この人は、

前のアーラーラ仙人の

「無所有処定」よりも

さらにすぐれた

 

「非想非非想処定」という

高い禅定を

理想の境地としていた。

 

これは、

インド・ヨーガの禅定の中の

最高のものであって、

 

そこには

想念があるのではなく、

ないのでもない―――

というように、

 

心が理想的に静まった

無念無想の状態である。

 

これは、

通常の思考をすべて超越し、

 

ただ純粋の思想のみが残る

という状態で、

 

インドでは

一般に

禅定三昧の最高段階

と考えられている。 

 


 

釈尊は、

ウッダカ仙人のところでも、

 

その教えを聞いて

これを実践すると、

 

やがて

師と同じ境地に達することができた。

 

 

しかし、

ここでも

心の安らぎ

得ることできなかった。

 

そのために

禅定修行によっては、

 

決して

自分の求めている理想が

到達され得ないことを知り、

 

ウッダカ仙人が、

自分が隠退してもよいから、

 

自分の門弟たちの

指導を引き受けてほしい

との懇願を振り切って 

そこを立ち去られた。

 


禅定では人生問題を解決できない


 

釈尊は、

 

最高の禅定者として、 

自他ともに許している

二人の仙人の所で、 

彼らと同じ高い禅定を得ても、

 

それは

けっして

人生の問題の解決

とはならないことを知った。

 

では、

どうしてインドの正統派の禅定は、

 

釈尊

真の理想

導くことができなかったのか?

 

 

 

二人の仙人の禅定は、

理論的には、

正統派の二元論に基礎を置いている。

 

それによれば、

本体的存在としては、

精神と物質の二元があり、

 

精神は

その本性からいって、

 

常に理想を求め、

自由な活躍を希求する。

 

精神がなんらの障害もなく、

本来の機能を

十分に発揮することができれば、

 

私たちは

理想的な自由な活躍ができ、

そこには 

何の不安も苦悩も生じない。

 

 


 

ところが、

物質としての肉体は、

 

私たちの精神を束縛し、

心の自由なはたらきを妨げる。

 

 

従って

精神が自由に活躍できるためには、

 

物質や肉体からの束縛を

除き去らねばならない。

 

物質的な束縛を

除き去る方法が

禅定である。

 

 

精神が

物質的束縛をはなれ、

 

無念無想の

禅定に達することによって、

 

精神ははじめて

自由な活躍ができる―――

とされている。

 

しかし、

肉体が存在しているかぎり、

 

精神は肉体からの束縛を

完全に離脱することはできない。

 

無念無想というような

高い禅定に

はいっている時だけは、

 

精神は肉体の束縛を受けないで、

自由自在のはたらきができるとしても、

 

禅定を出て

普通の精神状態に戻れば、

 

心は

物質や肉体からの束縛を受けて、

自由自在のはたらきができなくなる。

 

 

故に、

精神が絶対の自由を得るためには、

 

肉体が無くなった

死後でなければならない

ということになって、

 

肉体がある間は、

真の解脱

得られないことになる。

 

そこに

インドの正統派の禅定には 

限界があった。

 

 


禅定の修行から苦行へ


 

釈尊は、

禅定の面では、

当代一流の人々について学び、

 

彼らと同等に、

また彼ら以上の境地にまで

到達することができた。

 

それにもかかわらず、

それは

彼らが自ら主張していたような、

 

人生問題の解決とか、

 

人生の最高理想とか

 

いうものでなかった

 

 

 

釈尊は、

現世における

不安や苦悩の解決

 

現実の状態における

理想の到達

念願とされていた。

 

だが、

禅定

究め得られる所まで

究めても、

 

最後の理想

到達され得ないとすれば、

 

いま一つの修行法の

苦行によっては、

 

あるいは、

それが得られるかもしれない――――

と考えられた。

 

何事も自分で

実参実究して見なければ、 

その可否は

定められない―――

 

というのが、

釈尊の立場であったからだ。

 

 

そして、

釈尊は、

多くの苦行者たちが

集まって修行をしている

ウルヴェーラーの苦行林へと向かわれた。

 

「第四話」(通算No.30)につづく 

 

平成29年4月15日

           宗教法人 自然宗佛國寺  開山 佛國寺 黙雷


 

自然宗佛國寺・開山 黙雷和尚が、
行脚(徒歩)55年、下座行(路上坐禅)50年の修行のもとに
連載でお伝えしています