【仏心】今月の言葉 · 01日 10月 2019
この句は、『寒山詩』に、 吾心似秋月   我が心 秋月に似たり 碧潭清皎潔   碧潭清うして皎潔たり 無物堪比倫   物の比倫に堪えたるは無し 教我如何説   我をして如何が説かしめん。 とある五言絶句の起承きしょうの二句です。 また起句きくの「吾心似秋月」は、秋の茶席によくかけられます。
【仏心】今月の言葉 · 01日 9月 2019
禅宗の六祖慧能禅師(六三八~七一三)の法を嗣いだ 永嘉玄覚禅師(六六五~七一三)の著『証道歌』の中にある句。 月が皓々こうこうと江上を照らし、その月影が川面かわもに映っている。 さわやかな風が吹き来り、松の梢が颯々と妙なる楽を奏している。 この清涼きわまりない永夜の風光は、 いったい何のためにだれがだれのために演出してくれたのであろうか――― これがこの二句の一通りの意味であります。

【仏心】今月の言葉 · 01日 8月 2019
夏の茶席に、よく「水自竹辺流出冷」の軸物がかけられています。 この句は、春の茶席に掛けられる「風従花裏過来香」と対ついをなしている句です。 緑りょく竹ちくはみるからに清くさわやかなものである。 同じ水でもその竹林から流れ出てくる水は、一段と冷ひややかで清冽せいれつである。 また、同じ風でも、花の咲いている間を通り抜けてきた風には、格別の芳香がある―――という意味です。
【仏心】今月の言葉 · 01日 7月 2019
この句は、 白隠禅師の『遠羅天金』の上巻「答鍋島摂州候近侍書」に出てくる句です。 この上巻は、延享五年(一七四八)に鍋島摂津守相直に答えたもので、 禅の修行法と内観法(白隠が白幽子に伝授された健康法)について述べ、殊に動中の工夫を説いたものです。

【仏心】今月の言葉 · 01日 6月 2019
この句は、臨済宗大慧派四世、宋の大川普済禅師(1179~1253)の 著述『五燈会元』にでてくる句で、 「今まで降っていた雨がからりと晴れあがり、 青山は青きが上にも青く、山上には白雲が流れている」 という自然の妙景をうたったものですが、 その意は、 「不動の本性を忘れ 徒に煩悩の雲に迷う」(柴山全慶『禅林句集』) ⋯――という深い意味を含んでいます。
【仏心】今月の言葉 · 01日 5月 2019
<5月の言葉>この句は、渓川の響きはこれ仏の説法、山の色これ仏の妙色身。蘇東坡(そとうば)が、悟った境地を詩にうたいあげ師の照覚常総禅師に呈したもの。蘇東坡(1036~1101)は、中国北宋時代の有名な詩人ですが、彼の詩の中に皇帝を謗ったものがあると讒訴され、五年におよぶ流謫生活の中で、禅に深く帰依し自己修養につとめました。 彼は減刑されて行動の自由を得るや、廬山東林寺の照覚常総禅師(1025~1091)に参じました。

【仏心】今月の言葉 · 01日 4月 2019
この句は『碧巌録』第五則に出ている有名な語で、春になって、百花の咲くのは、誰のために咲くというのではなく、百花爛漫なる所、即ち、これ至道なり、大法なり、自己の表現であるという意味です。
【仏心】今月の言葉 · 01日 3月 2019
桃は紅、李は白く、菜華は黄、春風に門著すれども、総て知らず ーーーーーーーーーーーーーーーーー 見渡せば、 山辺は紅くれないの桃の花が、 里辺には白い李すももの花が、 田畑には黄色い菜の花が咲き競い、 それぞれが千差万別の姿で春を謳歌おうかしている。

【仏心】今月の言葉 · 01日 2月 2019
一花開いて 天下春なり(一輪の梅花に、天下の春を知るなり)―――の句を口ずさむと、服部嵐雪の「梅一輪、一輪ほどの あたたかさ」 の俳句が思いうかんできます。
【仏心】今月の言葉 · 29日 1月 2019
「山河をみるは  仏性をみるなり」 床の間は、日本人だけが生み出した静寂の空間です。 とくに茶道では、床の間が重視され、 茶席では必ず仏語、中でも多くは禅語が掛けられます。 ところが茶掛の言葉はほとんど漢文で、 なんとか読めたとしても、その意味がわからない場合が多いものです。

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